発達障害と集団
私の専門の一つは、集団精神療法です。個人精神療法も専門ですが、前者は、後者に比べて、予定調和的に展開しません。何が起こるかわからないという怖さがあります。私も毎回怖い、しかし、その怖さがまたとても好きという気分もありま… 続きを読む »
私の専門の一つは、集団精神療法です。個人精神療法も専門ですが、前者は、後者に比べて、予定調和的に展開しません。何が起こるかわからないという怖さがあります。私も毎回怖い、しかし、その怖さがまたとても好きという気分もありま… 続きを読む »
「時間」のところで触れたように、小学5年生、6年生となると、微妙な対応のむずかしさに直面することが多くなります。昔は、そのころから言葉が汚くなると言われていました。「クソババア」というのも昔はこの年齢からだと言われてい… 続きを読む »
ADHDの子どもでも、ASDの子どもでも、「時間とお金」の使い方に困難を示すことはよく知られています。「時間」も「お金」も限りのあるものであり、限られた中で、バランスよく色々な活動をある時間の中に落とし込み、あるいは、… 続きを読む »
さらに、お手伝いは、自分のためにではなくて、皆のためにする行為なので、「大人の部分」を使っていることになります。せっかく、子どもが、洗濯物を畳んでくれたのに、畳み方が気に入らないのでもう一回お母さんがやり直して、「二度… 続きを読む »
ここまで、しばらく一般的な思春期心性について話してきました。再び発達障害に戻ります。 私は診察場面で、子どもに家事手伝いはやっているかいとよく聞いています。小学生で大体、半分くらいは、全くやっていないと、答えが返って… 続きを読む »
思春期は、前に進むことと、後ろに戻りたいことの、二つの折り合いのつかなさに、どう折り合いをつけていくかということであり、「自立」と「依存」の折り合いのつかなさをめぐる嵐のような葛藤であるといっても良いでしょう。幼児の一… 続きを読む »
③赤ん坊―母親のコミュニケーション 思春期の子どもに対する親の対応も、基本的には、泣き止まない赤ん坊を抱いてあやすのと同じことです。赤ん坊は、不快や苦痛の体験を泣くことを通じて、それらを母親に投げ込み、母親がそれを母親… 続きを読む »
思春期のつまずきは、多くは、思春期前期に生じます。中学2年頃から、学校での体験でなにかに修復できないくらい傷ついて、不登校になることが多いように思います。そうすると思春期前期の発達課題がクリアされることが、不登校の解決… 続きを読む »
③思春期中期の発達課題 「私は誰」の答えを、自分の心に求めていこうとする時期。異性との交流が始まり、また、進路を巡る葛藤や、家から物理的に離れることをめぐる葛藤、つまり「私はどこへいこうとしているのか」という問いへ現実的… 続きを読む »
①前思春期の発達課題 10才から12才、つまり、小学校の5年6年あたりの時期を前思春期と言います。この時期は、心はまだ親の掌にあり、しかし、体は親から離れた存在に急速になり始めます。 前思春期は、いまだ、第二次性徴… 続きを読む »