大人の発達障害について(2)

 前回お話ししたように、一見、社会的に機能しているように見えて実は内的な深刻な空虚感を常に抱えているような方がしばしば精神療法を求めてこられることがあります。しかし、一般的には、少なくとも洞察的な自分の情緒的体験を理解するような、つまり、気づいていない自分の気持ち感情を実感することを目的とした精神分析的精神療法はうまくいきません。  というのも、こうした人たちが求めているのは、「どうしたらいいか」「何をすれば良くなるか」という幾分直線的な課題解決的なことであり、決して自分の情緒的なことを理解しようとするものではないからです。中には、もっと微妙な方々も居られて、こういう方々は相手・周囲に合わせることが得意なので、一見、洞察的な精神療法がうまくいっていいるかのように見えることがありますが、それは、治療者の期待に上手に合わせているだけなのです。  しかし、治療が進むと、自閉のカプセルが早晩割れる… 続きを読む »

大人の発達障害について

 最近(5-6年くらい前から)、「自分は発達障害だと思うので検査をしてほしい」という、成人の方が受診されることが目立って増えて来たように感じます。私が精神科医になった頃は、大人の発達障害という概念はありませんでした。今の子供の「軽い自閉(ASD)」という概念もありませんでした。  私自身は四半世紀前頃から、児童思春期とともに、大人の発達障害を専門的に診るようになりました。その当時、私の精神療法の師匠でもある、衣笠隆幸先生が、「重ね着症候群」という、一見、神経症や、うつ病や、統合失調症、パーソナリティ障害に見える人たちが、上着の下にもう一枚「発達障害」を重ねて着ていたということを発見して名付けましたが、この臨床概念が、我が国では、大人の発達障害の先駆的な仕事になりました。  この概念は、心の中に、神経症的部分や、精神病的部分とともに、発達障害的部分(自閉的的部分)が存在し、それらが、相互に関… 続きを読む »

小学5年、6年の成長に伴う「むずかしさ」

 「時間」のところで触れたように、小学5年生、6年生となると、微妙な対応のむずかしさに直面することが多くなります。昔は、そのころから言葉が汚くなると言われていました。「クソババア」というのも昔はこの年齢からだと言われていました。ところが、今は、幼稚園年長くらいの子でも母親に「お前に言われたくない。この、ゴミ、クズ。死ねや」などという、会社で大人が同じことを言ったら即刻クビになるような暴言を、パワハラとされずに、堂々を言っているのは世の中では子どもくらいになり、それがどんどん低年齢化しているのを眺めていると不思議な気持ちになります。  さて、小学5年生、6年生になると、「自分」についての悩みがきざし始めます。小学4年までは、極端に言えば、自分の欲しいものが手に入るかどうかという悩みであり、小学5年以降は、周囲から自分はどう見られているのか、あるいは、自分が自分をどう見えているのかということめ… 続きを読む »

発達障害ワンポイントアドバイス(11)「時間」その②

 親からの分離はもう一度親にくっつかないと先に進みません。発達特性があると、この辺りで登校しぶりが始ったり、不登校傾向になることがしばしばあります。せっかく自分の部屋を作ってもらい、5年生から一人自室で寝始めたのに、また母親にベタベタ甘えてくる。母親の布団に入ってきたりします。こういう時には、「もういいお兄ちゃんなのにやめなさい」と突き放さないことです。だいたい、布団に入ってきたと思ったら、またすぐに出ていきます。「来るものは拒まず。去るものは追わず」という姿勢が最も良いでしょう。  というのも、この頃になると、学校では背伸びして年齢相応の部分を表に出します。他方で、家に帰るととても幼い部分が前景化し、子どもの中で、「大人的な部分」と「幼児の部分」のギャップに驚くことが珍しくなく、発達特性がある場合は、それが、より顕著になります。そして、数時間のうちでもコロコロと、着せ替え人形のように、「… 続きを読む »

発達障害ワンポイントアドバイス(11)「時間」その①

 無意識は無時間的と言われています。要するに、時間が経たないのです。過ぎてしまったことも、また元に戻せるという世界です。ところが意識は、現実に根ざしており、そこでは時間は過ぎてしまうと二度と元に戻ることがありません。「時間」の残酷な一面です。  インドにカーリー女神がいます。赤い長い舌を出して生首を掴んで踊っている恐るべき女神はシヴァ神の妻であり、ヴィシュヌ神の怒りと破壊性の部分の権化です。カーリーは「黒」を意味し、「黒」は破壊を示します。最も破壊的なものは、時間によって変化したものはもう元には戻らない現実であり、全てをやがては破壊してしまう「時間」だと言います。心が成長するということは、過ぎ去ってしまったことは二度と元に戻らないという、時間の現実を受け入れ、悲しむことできる能力を身につけることなのです。  児童精神科医の大先輩の小倉清先生が、ずっと以前、「10歳の時夕日が沈んでいくのを眺… 続きを読む »

発達障害ワンポイントアドバイス(10)「時間とお金」

 ADHDの子どもでも、ASDの子どもでも、「時間とお金」の使い方に困難を示すことはよく知られています。「時間」も「お金」も限りのあるものであり、限られた中で、バランスよく色々な活動をある時間の中に落とし込み、あるいは、限りあるお金の範囲内でやりくりするということが思春期中期(高校生)までにできないと、一生、それらがルーズになる傾向があるように思います。そして、それらは、両方とも人間関係に密接に結びつくものであるので、対人関係も安定しなくなります。したがって、発達障害の子どもに「時間とお金」を上手に使える支援は極めて重要なことです。ADHDの子どもは極端にいうと「今人間」なので後先を考えない。今が良ければ、それで良い。ASDの子どもは、これも極端にいうと、決めた時間、決められた時間通りに行かないとパニックになる。「時間」が「見通し」として行動をガイドしてくれるようなものとしては体験されず、… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス(9) 筋肉運動と歌のはじまり

 大人の発達障害には、筋トレが効く」というのが私の臨床経験上の現在のところの確信です。筋トレを続けると情緒的に驚くほど安定してきたという大人の患者さんを多く見てきましたが、それはどうしてなのだろうかと色々考えているうちに、回り道をしながら、言語の発生とか、歌の発生とか、あるいは、心身未分化の領域の経験とかについて思いを馳せるようになりました。今回の話は、あまりワンポイントではなく、いわば、発達障害の患者さんと交流している中で、私の中で育まれてきた発達障害の患者さんが何を経験しているのかということの本質を問う哲学のようなものかもしれません。だからあまり役に立たないかもしれません。役には立たないけれど、発達障害の患者さんの経験の本質を理解する上で重要な意義を有すると信じています。  私たちは、突然の悲しみや苦しみに襲われたときに、全身の筋肉を硬くして、うなだれて頭を抱え込みます。あるいは、奥歯… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス (8) 家事手伝いと「三色野菜理論」②

 さらに、お手伝いは、自分のためにではなくて、皆のためにする行為なので、「大人の部分」を使っていることになります。せっかく、子どもが、洗濯物を畳んでくれたのに、畳み方が気に入らないのでもう一回お母さんがやり直して、「二度手間」だからと、子どもにやらせないということを時々聞きますが、心の発達、成長につながることなので、そこは、じっと忍耐です。ついでに言えば、妙に聞こえるかもしれませんが、「お手伝い」をすると、「堂々と不登校を続けることができる」という感覚になる子どももいます。「堂々と家にいることができる」と、逆説的に学校に行けるということにつながります。つまり、不登校は学校に「身のおき所」がないので、家の中にまず「身のおき所(自己肯定感)」がしっかりできることが必要なのです。ただ、誤解がないようにいうと、自己肯定感としての「身のおき所」は、「お手伝い」の前に、「心の幼児的部分」をしっかりかか… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス (8)家事手伝いと「三色野菜理論」①

 ここまで、しばらく一般的な思春期心性について話してきました。再び発達障害に戻ります。  私は診察場面で、子どもに家事手伝いはやっているかいとよく聞いています。小学生で大体、半分くらいは、全くやっていないと、答えが返ってきます。「言えばやってくれるけれど、ほとんどしません」とそばにいるお母さんが苦笑いします。  不登校の子どもで、終日ダラダラ、ゴロゴロして、ベッドに横になってずっと、ゲームか動画を見て一日を過ごしている。それがもう何ヶ月も続いている、というような親にとっては悩ましい状況をよく聞きます。そういう状況をしばらく許容することも不登校初期には意味があるとしても、何ヶ月もというのは好ましくありません。私は子どもにもしっかり伝わるように、「心の発達と成長にとってお手伝いはとても大事なんだ」と言うことにしています。  「家事手伝い」は、家の中で唯一、子どもが「心の大人の部分」を使う機会で… 続きを読む »

思春期のつまずき ④幼児ー母親の再接近期のジレンマ

 思春期は、前に進むことと、後ろに戻りたいことの、二つの折り合いのつかなさに、どう折り合いをつけていくかということであり、「自立」と「依存」の折り合いのつかなさをめぐる嵐のような葛藤であるといっても良いでしょう。幼児の一時期に、この思春期の折り合いのつかなさの葛藤と良く似た、時期が、1才半くらいから3才くらいまでの間で、母子の間でしばしば生じます。これが、「再接近期」と言います。   マーラーというアメリカの子どもを見ていた女性精神分析家が、「再接近期」という幼児の心の発達の一時期を名づけています。その意味は、幼児が、歩行ができるようになると、喜び勇んで、母親の元を離れて、一人で世界を探索し、木の葉や石などの「宝物」を見つけて、意気揚々と母親の元に返ってくるという時期があり、その次に、1歳半くらいから3歳くらいまでの時期に、母親から離れて一人で自由に探索にいくのは、さびしい、でも母親に近づ… 続きを読む »