思春期のつまずき ③赤ん坊ー母親のコミュニケーション

③赤ん坊―母親のコミュニケーション  思春期の子どもに対する親の対応も、基本的には、泣き止まない赤ん坊を抱いてあやすのと同じことです。赤ん坊は、不快や苦痛の体験を泣くことを通じて、それらを母親に投げ込み、母親がそれを母親自身の心の中で「解毒」し、安心かつ安全な体験として、赤ん坊に差し返すのです。いわば心理的、情緒的な授乳です。思春期ではこの、「泣き止まない」「むずがる」が、「悪態をつく」「身体化する」「衝動的な行動に出る」「非行をする」という表現に変わります。  生まれたばかりの赤ん坊は、人生の最初の半年は、母乳か人工ミルクかどちらかにせよ、白く甘い栄養のある液体だけを口にして大きくなります。しかし、それは、物理的な栄養が口にはいるだけではないのです。実際、人工ミルクの哺乳瓶を口にさしているだけでは、子どもの身体の発育はしだいに低下していきます。つまり、口のなかに入るのは、ミルクの物理的な… 続きを読む »

思春期のつまずき ①つまずきの積極的な意味 ②思春期以前の課題への立ち返り 

 思春期のつまずきは、多くは、思春期前期に生じます。中学2年頃から、学校での体験でなにかに修復できないくらい傷ついて、不登校になることが多いように思います。そうすると思春期前期の発達課題がクリアされることが、不登校の解決につながるということです。そして、上記した、思春期中期以降は、ある意味では、その後、本人1人で取り組んでいいくことが基本的にはより可能になります。思春期前期に発達課題でつまずいているということは、それまでの発達課題がクリアされていないということを意味します。しかし、ここで大事なことは、こういうことを言うと、多くの母親が「私の子育てが失敗だった。は母親として失格だ」と自責的になられます。私がお母さん方をみてきて、多くのお母さん方は、ほぼ、母親としては合格点以上なのです。子どもの側の素因による育てにくさ、環境要因による負荷などがあり、親としては合格点以上でも、思春期で子どもがつ… 続きを読む »

一般的な思春期の発達過程 ③思春期中期 ④思春期後期の発達課題

③思春期中期の発達課題 「私は誰」の答えを、自分の心に求めていこうとする時期。異性との交流が始まり、また、進路を巡る葛藤や、家から物理的に離れることをめぐる葛藤、つまり「私はどこへいこうとしているのか」という問いへ現実的に答えていく課題に直面します。  高校生になると、中学生の自分の、外見や身体的なところで体験されがちな「私」の個性が、もっと精神的な「私」の個性として体験されるようになります。いわば、それまで、行動や身体を通じて表現してきたものを、言葉で、「私」を表現できるようになります。 それとともに、異性との付き合いも始まり、「性」が単に身体的なものから、「人」との情緒的なつながりであることを経験し始めます。それはまた、男の子が、男性性を取り入れ、女の子が女性性を取り入れることができてはじめて、異性を受け入れる準備ができるのです。そして、また、大学進学を目前にして、進路をめぐって、また… 続きを読む »

一般的な思春期の発達過程 ①前思春期 ②思春期前期

①前思春期の発達課題  10才から12才、つまり、小学校の5年6年あたりの時期を前思春期と言います。この時期は、心はまだ親の掌にあり、しかし、体は親から離れた存在に急速になり始めます。   前思春期は、いまだ、第二次性徴(声変わりとか、陰毛が生えるとか)が始まらないけれど、嵐の前の予感というところです。大人びた、批判的な言動をしたり、言葉が汚くなったり、いわゆる「自我」が少しずつ目覚めてきます。また、身長や体重が急速に増加し、ひょろ長くなり、心と体の成長のアンバランスが始まります。しかし、まだ、子どもは親の「掌の中」にあり、基本的には子どもは親の制御下にあります。一方で、親離れ、自立、社会化といった方向に進んでいく準備が必要であり、他方、まだまだ、親子の物理的な絆を保持しなければなりません。前者は、親や教師のセイフティネット下での、より自分に似た気のあう友達で構成される仲間集団との交流(共… 続きを読む »

一般的な思春期の発達過程

 思春期の発達過程は、自らへの二つの問いにより、始まります。「私は誰?」「私はどこへいこうとしているのか?」。その問いに、通常でも、10年近い歳月をかけてある程度の答えを探していく旅なのです。親や周囲の大人の期待に過剰に応えることをやめることから、その問いは始まります。親の期待を脱ぎ捨てて、自分が自分に現実的な期待をすることに着替えていくプロセスといってもいいでしょう。親はそのプロセスで、しばしば、子どもに、失望し、困惑し、消耗し、腹が立ちます。あるいは取っ組み合いになります。それは、子どもが自らの問いに答えて行こうとするときの、つまり、なにか新しい命が生まれようとするときの、陣痛のようなものともいえるでしょう。それは、非常に大切で意味のあるプロセスなのです。  思春期の発達課題は、大づかみにいうと、「私は誰?」「私はどこへ行こうとしているのか?」という問いに、自ら、体を張って、試行錯誤し… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス(7) 同胞(きょうだい)について その2

2)家族全体の中で同胞(きょうだい)に割り当てられる「役割」とそこからの解放  同胞の個性の差は生まれつきの部分が大きいのですが、さらに、家族の中である役割が無意識のうちに付与され、「役回り」が固定しがちです。「いつも損な調整役」ばかり引き受けてしまったり、いつも「要領よく自分のやりたいことをやる」子だったり、「怒られ役」を引き受けたりします。家族の無意識のドラマのシナリオが、極端な役回りを同胞間に割り振っているという側面もあるのです。  子どもの元来の性分や能力によって、同じ両親から生まれた子どもであっても、これほど違うのかというくらい、同胞の個性が異なることはしばしば生じることです。しかし、生まれついた傾向のみならず、家庭の中で、知らず知らずの間に、その子にどういう役割が付与されてしまうか、また、その子がそういう役割を知らず知らずのうちに積極的に引き受けてしまうかということで、生まれつ… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス(7) 同胞(きょうだい)について その1

 発達特性ゆえに人一倍手のかかる、育てにくさを持った子どもの兄弟、姉妹は、家族の中で特有の反応を示すことが多いのです。例えば、幼少期から手のかからない「良い子」で、親の助けもするし、「調整役」にもなってくれるし、消耗しがちな親にとって大変助かる子どもであったりします。しかし、そういう子が、当該の発達特性を持った子が落ち着きはじめると、「今度は私の番」と急に「困らせる子」になったり、あるいは、ずっと成人になるまで無風状態であったりしますが、それはそれで大きな問題です。また、「身勝手」に映る発達特性を持った子どもの言動にすぐに反応して、口論、暴力が絶えないとか、様々な、反応のパターンがありますが、いずれも、長い経過をとる場合が多いこともあり、それにより、同胞の健康な発達が損なわれることも稀ではありません。今回は、同胞について、焦点を当てて述べます。 1)同胞(きょうだい)が経験する「母親の関心… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス(6)子どもの心身症 その2

2)子どもの心身症への対応  関係性の障害としての子どもの心身症という視点で、どのように子どもに関わっていけば良いでしょう。上記の「養育システム」の中に含まれる多様な関係性すべてに目配りをする必要があるので、例えば、家族システム以外に、学校や近隣、親戚の領域で関係性の調整を取り組む必要があることがしばしばあります。例えば、いじめや、友達関係のトラブルなどの時です。しかしその場合でも、親との関係性の中にも反映されてくることがほとんどなので、どのようなケースでも、親子の関係性をどう理解し、どう、関わって行くのかということは常に重要です。   親子の関係性ということを分かりやすく言えば、心を容器例えばコップに例えると、子どもの心のコップは、小さいし、発達特性があればより小さくなるので、不安や恐れ怒りなどの感情は、すぐにコップから溢れてしまいます。溢れたものは、ほっておけば、体の症状つまり心身症に… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス(6)子どもの心身症 その1

1)心身症について  「心身症」は、特定の病気を指すのではなく、心理的社会的要因が病気の発症に大きく影響する病気の総称です。そして基本的には「身体」の病気です。例えば、大人でいえば、胃潰瘍、過敏性大腸症候群、潰瘍性大腸炎、気管支喘息、本態性高血圧などです。心理社会的ストレスが、生物学的には脳に作用して身体の機能、自律神経系や免疫系などに影響をおよぼすことによって心身症を形成すると言われています。  一方、精神疾患である「身体表現性障害(ヒステリー、精神神経症)」、そのうち特に「身体化障害」は体の症状が中心ですが、その原因となる体の異常はなく、あっても軽微であり、本質は「心」の病です。また、うつ病などでも、体に異常がないのに体の症状(身体化)が現れることがしばしばあります。過去においては、そうした精神疾患も、心身症の中に入っていたので、現在でも「心身症」という概念は実際にはまだ混乱しています… 続きを読む »

発達障害 ワンポイントアドバイス(5)ASD(自閉スペクトラム症)と自己評価の極端な低さ

 ASDの子どもが、極端に低い自己評価、自己肯定感を抱いていることはよくあることです。客観的に見て、その子の能力と普段のパフォーマンスと比べて、そうした子どもが、信じられないくらいの低い主観的な自己評価を有していることを知って周囲は驚いたり、戸惑ったりします。その場合、「過敏さ」と「知的な高さ」を併せ持っている場合に顕著に見られるようです。そうした子どもの心では一体何が起きているのでしょうか。まず、そうした子どもは、「ああじゃないといけない」「こうじゃないとあり得ない」という、厳しい要求の縛りがあるようです。周囲にも、彼らが、そうした過大な要求をすることも多いのですが、彼らの経験としては、周囲から過大な要求を常に押し付けられているという風に感じています。実際には、彼の心の中で、暴君的に支配する部分があり、健康だけれど幼い彼自身の別の部分を牛耳っているのです。ASDの治療や支援は、発達特性ゆ… 続きを読む »